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Ⅱ想いと現実と

君に出会ったあの日を忘れない

この小説は「小説家になろう」サイトにも投稿しています。

物語の始めの部分は「小説家になろう」をご覧ください

君に出会ったあの日を忘れない 「小説家になろう」

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◆◆◆ Ⅱ想いと現実と

 

 真っ暗だと思っていたペンションには明かりが灯されている。叔父さんが帰っていた。いつもとは違う重く感じるドアを開け「ただいま」と何もなかったかのように、出来るだけ普通の声で言った。でもその姿を見れば何かあったことは一目瞭然、叔父さんたちは驚いて

「磨緒、どうしたんだその体」

 無理もないだろうと思う。

 なにせ叔父さんがここを出る時は片足にギブスだけの俺だったのだから。そして今は、左腕を吊るし片方の頬には大判の絆創膏が貼られている。その俺の後ろには、黙って俯(うつむ)いている瞳がいた。

 

 俺は叔父さんに「ごめん、すっころんじまった」右手で頭を掻きながら言った。

 そして俺の後ろで俯いていた瞳が

「違うの、違うの叔父様」声を張り上げて言った。そのただ事ではない瞳の状態を察してだろう。

 「二人とも、まずはこっちに来て座りなさい。話を聞こうじゃないか」叔父さんは静かに言い。叔母さんは、何も言わずコーヒーを入れ始めた。

 重い沈黙の中、コーヒーの甘い香りが三人を包み込んだ。

 パチパチッと暖炉の薪(まき)が火の粉をはじく音がする。叔父さんは黙って煙草を口に咥えながらカウンターのグラスを磨いている。

 この沈黙を破ったのは瞳だった。

 「ご、ごめんなさい、叔父様。磨緒くんが怪我をしたのは私のせいです。ま、磨緒くんはな、何も悪くはないんです」

 叔父さんはグラスを磨きながら

 「どうして瞳ちゃんのせいなのかな、良かったら話してくれないか」

 叔父さんは咥えていた煙草を灰皿でもみ消した。

 叔母さんが淹れたてのコーヒーを俺らの前に静かに置いた。

 優しく微笑んで「冷めないうちにどうぞ」そのカップを覗くと、頬に絆創膏を貼り付けた俺の顔が小さくなって映し出されていた。その横で、顔を下にして両方の手をぎゅっと握りしめ、今にも落ちそうな涙を必死にこらえている瞳の姿があった。

 

 「叔父様、私、ほ、本当は東京に行く事お父さんには内緒にしていたの・・・・」瞳は震える声で静かに話し始めた。叔父さんはタバコに火を着け、「ふう」と白い煙をはきだしながら、瞳の話を訊いた……

 

 「なんだ、そうするとお前、摩緒。あの義(ただし)を投げ飛ばしたのか」

 <義は瞳のお父さんの名前>

 「そうみたいだね」

 「くっ」と漏らし、叔父さんは笑いだした。

 「そうか、あの義をな、彼奴(あいつ)さぞかし悔しかっただろうな。こんなギブスを付けた摩緒に投げ飛ばさたんだから」

 「待ってよ、瞳のお父さんてそんなに強いの」

 「お前なぁ、知らないで彼奴(あいつ)に喧嘩けしかけたのか。義は高校ん時に柔道で全国大会に出場して、今は県連盟の役員として柔道の師範をしている。お前はそんな奴と喧嘩したんだぞ」背筋がぞっとした。

 幾ら俺がギブスをしていたにせよ、あの目は本気だったに違わない。

 それから、また重い空気が三人を包んだ。

 「まっいいかぁ」叔父さんは呆れた様に俺らに向かって言った。今更、どうこう考えてみても始まらないだろうと。

 そして、目に涙を貯めながら俯いている瞳に、今日は帰る様に促した。たとえどんなに親と合うのが嫌だとしても、今はちゃんと親と向き合うべきだと。叔父さんは諭(さと)した。それが親に対する礼儀であることを。

 

 瞳はコートを羽織り、俺を見て

 「摩緒くん、ごめんなさい」そう一言言ってペンションを後にした。

 「なぁに、瞳ちゃんなら大丈夫さ」

 叔父さんの一言は、俺の気持ちを一層締め上げた。

 

 あれから二日間、瞳の姿を目にすることはなかった。

 そしてある晴れた日、俺の元にある人が東京からやってきた。

 カランカラン、入口のドアを開けると共にカウベルが鳴り響く。

 「こんにちは」

 そこに立っているのは、クリッとした瞳に赤毛のショートヘアーの女性だった。今どきの大学生風の姿はここの同じ歳の女性からすれすれば、あか抜けてるといった感じが都会から来た人だと言うのを感じさせていた。

 「いらっしゃい」叔父さんがいつもの様に声を返す。

 「あのぉ」

 「ん、どうしました」

 「は、初めまして、藤崎麻美(ふじさきまみ)といいます」

 「藤崎・・・」

 「はい、摩緒の、弟がお世話になっています」

 「おお、そうか確か……そういえば初めてだったね」

 叔父さんはカウンター越しに麻美を席に招いた。

 「コーヒーでいいかな」

 「はい」

 保温していたケトルを再び火にかけ、茶色く色着いたネルのドリパーへ挽いたコーヒー粉を入れ、ケトルが騒がしく合図するのをまった。

 甘く香ばしいコーヒーの香りが鼻をそそらせる。

 「はいどうぞ」

 「あ、ありがとうございます」

 ふっと香り立つコーヒーを口に含んだ。

 「美味しい」

 「そうか、ありがとう。せっかく来てくれたのに、摩緒今日は病院なんだよ。もうじき帰ってくると思うがな」

 「そっかぁ、病院かぁ。でも、本当に色々お世話になって済みません」

 「いやぁ、こっちこそ怪我させちまって心配したろあいつ昔っからドジでな。ここ一番と言う時に何かやらかすんだよ。いつもな」

 「あはぁ、それ解ります。磨緒ってそうなんですよね」

 言いたいこと言っているようだ。

 今日はおばさんの運転する車で病院にいった。

 帰り、買い物するからと立ち寄ったスーパーは、俺が退院のとき瞳と来た所だった。

 そう言えばここで、瞳の弟にもあったったけなぁ。なんだかものすごく遠い昔のように感じる。時折見るスマホには何も瞳からのメッセージは来ていない。

 

 「あーもう」

 

 頭をかきむしるようにしてなんだか胸の奥から湧き上がるイライラを押さえ込んだ。

 

 両手に大きな買い物袋を持ち、後部座席に荷物を置いて運転席に座るとおばさんは俺の顔をちらっと見て

 「摩緒一本頂戴」と俺の煙草を一本銜え火をつけ煙をふうと一息出すと

 「摩緒、あんた本当に瞳ちゃんの事好きなのかい」唐突にそんなこと言って来て、思わずギクッとした。

 「ハハハ、もう答え顔に書いてあんねぇ。あんたってホントにわかりやすくていいねぇ」

 少しむかついた。人の気も知らずになんでこんなに笑えるんだと

 おばさん!とちょっとぶっきらぼうに返してやった。

 「まぁそんなに気をもむんじゃないよ磨緒、瞳ちゃんなら大丈夫。あの子はねぇ意外と芯が強い子なんだ、こんな事でどうにかなるような子じゃないよ」

 「そ、そんなこと言ったってさぁ」

 「ハハハ、そう心配しなさんなって言うの。それとも何かい、あんたは好きになった人の事信じられないくらい器の小さな男だったの」

 「………………」返す言葉がなかった。

 おばさんはちらっと俺を見たあと鼻歌を交えながら車を発進させた。

 確かに、俺がしっかりしていないといけないのはよく解っている。瞳はもう大学を卒業した社会人。それに引き換え俺はまだ親のすねをかじる高校生……この差は今の俺にとって天と地の差ほどに感じる。

 

 そして俺をこんな気持ちに書き立てるもう一つの原因は、今日医者から東京に帰っても大丈夫だと……そう言われたからだ。東京に帰る。そうなれば瞳とは今までのように会えなくなる。

 多分今のままでは……

 

 瞳は春に俺のいる高校の教師としての採用が決まっていた。本当だったら、春になるのが待ち遠しくて仕方がないのに……でも、瞳の親はそれを断固として拒んだ、もしかしたら瞳が東京に来ることはないかもしれない。

 そうなれば俺らは離れ離れだ……

 不安と期待、そして落胆。その思いがぐるぐると俺の中で回っていた。

「ただいま……」今日のドアはまた一段と重い、そしてカウベルの音が何か耳につんざいた。

 

 「凄い恰好ね磨緒」

 聞き覚えのある声に顔を見あげるとそこには姉の麻美がいた。

 思わず「麻美ねぇ」どうして?

 「アハハ、うけるぅ。あんたのその間の抜けた顔」

 間の抜けた顔?そうだろうどうせ今の俺はもう抜けガラ同然のようなもんなんだから。

 でもそんなのお構いなしに麻美ねぇは

 「あんたがあんまり連絡よこさないもんだから母さんしびれ切らしたのね。私にあんたの様子見て来いだって……まぁ、私も休み取れたし旅行がてら来てみたと言う訳」

 「そっかぁ」

 「ところであんたその怪我、具合どうなのよ」

 麻美ねぇも早速のようにその事を聞く

 「うーん、まぁ、だいぶ良くなってるよ」

 ちょっとはぐらかす様に核心には触れない。

 「ふぅん、で、家には何時頃戻れそうなの」

 「…………」

 相変わらず麻美ねぇは俺の弱い部分を針のように突く

 

 返事に困っていると後ろから叔母さんが

 「よいしょっと、こんにちわ。磨緒はねぇ帰れないんじゃなくて帰りたくないんだよ」

 麻美ねぇはおばさんに会釈をして

 「それって、どういう事ですか?」

 「うふふ、まぁ時期に解ると思うんだけどね。ねぇあんた」と叔父さんとにやけながら顔を合わせていた。

 麻美ねぇは納得いかないようだったけど

 「まぁ、いいかァそのうち解るんだったら楽しみにしておくかァ。私2、3日ここにいる予定だから」

 その言葉の中に深い意味がある事を俺は感じた。

 後でこりゃ問い詰められるなぁ……と

 

 結局瞳からはその後2日たっても連絡は来なかった。

 そして麻美ねぇが東京に帰る前日、俺は麻美ねぇに案の定とことん問い詰められてついに白状してしまった。

 まぁ麻美ねぇの問い詰めがその来た当日じゃなかったのは、来た当日の夜と次の日の夜共に昼間はスキー三昧に夜は夜で酔いつぶれるまで酒飲んで勝手につぶれるしで……

 

 最後の日の夜に事情聴取と言った感じになったわけで。

 

 瞳との関係と、そして瞳が俺の高校で教師として採用された事、そして親から反対されている事すべてを……

 以外にも麻美ねぇは「ふぅん」と言って

 

 「私ねぇ、あんたとは今は姉弟だけど、あんたの小さい頃のことは解んないの。まぁ今更知ってどうなる訳じゃないんだけど……でもね、あんたが本当に本気で瞳さんの事好きだって言うんだったら私は応援しちゃおうかなぁって思うんだけど……ただ一つ、今のこの状態をあなたはいつまで続けるつもりなの?はっきりしないまま、気持ちも落ち着かないのは解るんだけど、あなたにはあなたが今しなければいけないことが沢山あるはずよ。ここじゃなくて東京というあなたが暮らしていた場所でね。お医者さんからもう帰ってもいいって言われてるんだったら、一度家に帰るべきじゃない。それにお互いを信じる事が出来ないようだったらそれは中途半端なただの恋愛ごっこだったと言う事になるんじゃないの」

 

 麻美ねぇの言う事は痛いほどわかる。このままじゃどうにもならない事くらい俺自身が一番よく解っている。

 それにもう時間もない事も……

 

 「ああぁ、出来れば一度会いたかったなぁ、あんたが好きになった瞳さんに。それとこの事、母さんには内緒にしていた方がいいわよね。父さんは理解あると思うんだぁ、でも母さんはちょっと硬いからねぇこういう事に関しては」

 確かに母さんはこう言う事に関してはうるさいだろう。ましてその相手が従妹である瞳であればなおさらだ」

 さすが麻美ねぇ、だてに遊んでばかリいる大学生じゃなかった。

 

 「ごめん、そしてありがとう。麻美ねぇ」

 「あら随分素直じゃない。珍しぃ」と麻美ねぇはにやけながらもちょっと照れていた。

 「ねぇビールあとないの?」照れた後に出た言葉だった。気が付くと冷蔵庫にあったビールはすっかり空になっていた。

 まだ飲みたり無いと言った感じで空になった缶を振りながら麻美ねぇは「ビール追加ぁーーー」少し上機嫌気味に言う。まったくどれだけ飲めば気がすむんだぁと思ったが、さっきの麻美ねぇが返してくれた言葉を思うと反抗も出来ない。仕方なく俺はホールの冷蔵庫にあるビールを取りに行った。

 

 「まったく俺、怪我人なんだけどなぁ」とぼやきながら……

 その後のふと感じる寂しさ。明日になれば俺は麻美ねぇと一緒に東京に帰らないといけない。医者からはもう東京に帰ってもいいと言われた。そして麻美ねぇは俺を迎えに来た。これから先、俺がここにとどまるのは単なるわがままに過ぎなくなる。

 例えどんな理由があろうとも……瞳ともう一度会いたいと言う想いが強くなる。それと共に襲いかかる寂しさ……。自然と目が熱くなっていた。

 

 そう俺はまだ親のすねをかじる高校生だ。正直今の俺はなんの力もない。自力で生きて行くことさえままならないのが事実だ。

 

 でも出来る事ならもう一度……もう一度だけでいい。

 瞳に会いたい……もう一度あの少しきゃさやな体を強く抱きしめたい。

 

 …………できる事なら……

 

 暖炉の火は静かにその力を弱めていた。

 まるで俺の心の中を映し出しているかのように