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Ⅱ想いと現実と Ⅱ

君に出会ったあの日を忘れない

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物語の始めの部分は「小説家になろう」をご覧ください

君に出会ったあの日を忘れない 「小説家になろう」

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◆◆◆ Ⅱ想いと現実と Ⅱ

 

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窓辺に佇み、たばこに火を点けた。そして、ただ茫然と焦点が合わないまま外の景色を眺めた。窓から見える外の景色は何となく不思議な光景だった。空には東京では見る事も出来ない様な綺麗な星空が広がっているのに、時おり静かに舞い落ちる粉雪が目に映る。

 

 こんなに晴れているのに……雪が……暖かさは何も感じられない、それどころかその輝く星空が外の身を刺す冷たさが、俺の体を心を一層苦しめた。

 

 ふと、その暗闇の中から一筋の光が差しこんだ。

 

 なんだろう?。もう9時近い時間なのに、こんな時間にこの辺りを照らす光なんかないはずなのに…その光は来る道に阻まれる木々に途切れながら近づいてきた。

 光は次第にはっきりとした姿を現し始めた。光の正体がわかると俺の体はもうすでに動いていた。玄関のカウベルが高らかになり足の痛みなんか感じる間もなく、身を刺すような寒さも今のこの俺には何も感じなかった。

 

 車だ、車のライトの光だ。ハッキリとその車の姿が見える前に俺には解っていた。

 あの車は瞳の車。ライトが俺の姿を照らす。ライトの光が消えエンジン音が消えたそして、運転席側のドアが開く。薄明りに映し出されたその姿はゆっくりと車から降りてこっちを見つめている。

 

 「……瞳」

 

 松葉杖は両脇に転げ落ちギブスの足でうっすらと積もった雪を踏みしめ無我夢中で駆け出していた……思い通りにならない足を引きずりながら

 

 「磨緒くん」

 

 瞳は駆け寄り俺の体を支えるように抱き込む。

 

 その瞳の体を俺は強く抱きしめた。

 「い、痛い磨緒くん」

 「瞳……瞳……俺、俺」

 

 声にならない声で泣きじゃくりながら俺は瞳の名を呼んでいた。

 「………ま、磨緒……くん。落ち着いて、お願い」

 もう瞳とは会う事が出来ないかもしれないと……

 そう何かが俺の中で囁(つぶや)いていたから……

 でも……また瞳と出会う事が、瞳のこの体に触れる事が出来た。

 だから強く強く抱きしめた。もう放したくない、あれっきり会う事も出来なくなってしまうなんて、そんなのは嫌だ。

 

 理性なんて………そんな表向きの言葉なんて今の俺には関係ない。

 

 そんな俺に瞳は……静かにそっと柔らかく暖かい唇を合わせた。そっと瞳の香りが鼻をくすぐる。そして柔らかい瞳の唇の感覚が俺の唇に伝わる。

 細かい雪が静かに二人の上に落ちては消えていく。

 ゆっくりとその感覚は俺から離れ

 

 「……落ち着いた………?」と、恥ずかしそうに小さな声で囁いた。

 「……う、うん。ごめん瞳」

 強く瞳を抱きしめていた俺の腕から次第に力が抜けていく。

 

 「ごめんね磨緒くん、ずっと連絡できなくて」

 瞳は申し訳なさそうに言った。

 でも、返事は出来なかった。ただ瞳の顔を見ているのが精いっぱいだったから……

 後ろから麻美ねぇがやれやれと言った感じで

 「ねぇ磨緒、あんたそんな恰好でいつまで外にいる気?今度は風邪ひいて熱だすわよ」呆れたよな表情で俺らを見ていた。そしてその後ろに叔父さんと叔母さんが……こちらも呆れた様に俺らを見ていた。その瞬間、俺も瞳も顔が熱くなるのを感じた物凄く熱くなるのを………

 ホールに入ると叔父さんは暖炉の消えそうな火の粉をかき集め薪を入れてくれた。次第にあの弱弱しい今にでも消えそうだった火は次第に強く力強く炎を立ち上げた。

 「ほんと綺麗な人ね磨緒。あんたにはもったいないわ」

 麻美ねぇが震える俺に向かって言った。

 瞳が少し遠慮がちに「あのぉ、もしかして磨緒くんのお姉さん?」

 「あ、初めましてですね。一応磨緒の姉やっています藤崎麻美です、今大学の2年ですよろしく」

 「こちらこそよろしくお願いします。墨田瞳と言います。磨緒くんとは……」

 「付き合ってるんでしょ。磨緒から全部聞いちゃったから………」

 「なんだよ麻美ねぇ、俺がべらべら喋ったように言うなよ。本当はさっきまで尋問されてたんだぜ」

 「あら、よく言うわよ。さっきまでこの世の終わりを絵にかいたようにしてた人が随分と強気じゃじゃない。やっぱ彼女の前だと突っ張りたいんだ」

 「あのなぁ……」

 瞳がクスッと笑う。

 「お二人ってほんと仲いいんですね」

 「そうぉ」「そうかァ?」二人で顔を見合わせた。

 ちょっと皮肉ったように「まるで恋人同士みたい」と俺を見る目だけはマジだった。                  

 叔母さんが

 「瞳ちゃんそれくらいで勘弁してやんな、コーヒーでいい?麻美ちゃんも」

 「あ、済みません」ちょっと遠慮がちに瞳が返す。

 「済みません、私ビールがいいかなぁ」ほんと麻美ねぇの酒好きには呆れてしまう。でもさっき俺はその麻美ねぇの為にビールを取りにここに来ていたんだった……

 「どれ、俺も今日は付き合おうかな」と叔父さんが「麻美ちゃんビールよりワイン飲んでみないか」と冷ケースからあの白ワインを取り出した。

 「わぁいいんですかァ。それならお言葉にあまえちゃいます」

 「ハハハ、ほんといいねぇ麻美ちゃんは」

 叔父さんは笑いながらワイングラスを三つ用意して「お前も飲むだろと叔母さんへ声をかけた「ええ、少しもらおうかな」そう言いながらドリッパーに挽いたコヒーを入れケトルの湯が沸くのを待っていた。

 「あれ、俺の分は?」と訊くと

 「馬鹿か、お前は瞳ちゃんと一緒にコヒーだ」と笑い飛ばされた。そして瞳の方に目をやり「疲れているのに無理言って済まなかったな瞳ちゃん」と何気なく言う。

 「ううん、こっちこそ連絡もらって良かったです。だって磨緒くん明日東京に帰るなんて知らなかったから」

 思わず「えっ」と声を漏らしたが、実は叔父さんが瞳に連絡をしていたらしい事をこの時知った。

 叔父さんはその後何くわわぬ顔でワインのコルクを開けグラスにワインを注いだ。

 「はい麻美ちゃんどうぞ」とグラスを麻美ねぇに渡す。

 「ありがとうございます」嬉しそうにグラスを受け取りそっとワインを口に含むと

 「わぁ、このワイン物凄く美味しい。こんなに飲みやすいワイン始めて」

 「だろう、いいねぇ麻美ちゃん。軽く飲んだだけでこのワインの美味しさが解るなんて。どうだい今度の夏休みここにバイトしに来ないか、ちょうど欠員が出るからな。酒なら飲ませてやるぞ」     

 「本当ですか、真面目に考えちゃうなぁ」

 欠員?叔父さんから出たその欠員という言葉が引っかかった。

 「叔父さん欠員って」俺は何気なく訊いた。

 「んーー」と叔父さんは瞳の方を見て「瞳ちゃん」と一言だけ言った。

 コーヒーの香りが感じ始め、俺と瞳の前にコヒーのカップが静かに置かれる。

 

 そして瞳が重そうにしていた口を開いた。

 「実話ね磨緒くん、私この数日東京に行っていたの」

 「え、東京に……」

 「うん」

 「それじゃ、許してくれたんだ」

 「うん、何とかね。始めはお父さんあの通りだったでしょだから物凄く怒ってたんだけど、最後には何とか許してくれたわ……た、多分叔父様からも説得してくださったのが効いたのね」

 知らなかった。叔父さんがそこまで瞳の事を心配していたなんて……そして今回瞳がここに来てくれたのも叔父さんが連絡してくれたからだろう。叔父さんがあの熊の様な瞳のお父さんに何を言ったかは解らない。でも本当に瞳の事を思ってくれているのは物凄く伝わって来た。

 しかし、この人の根回しは凄いと思った。同じ兄妹なのに母さんとはえらい違いだ。

 「叔父様ありがとうございます」

 一言瞳が叔父さんに言った。

 叔父さんは少し照れ臭そうに

 「少し酔ったかな……そろそろ休むか」

 叔母さんを誘うように言う。

 「このワインの残りもらってもいいですか」

 麻美ねぇがえらく気に入った様に言う。

 「ああどうぞ」

 「それじゃ私も部屋行って飲もっと」

 そう言いながら、俺らの方をちらっと見て

 「邪魔者は早く退散しないとね」

 悪戯っぽく言いながら、ワインのボトルをひょいと持ち部屋へと消えた。

 

 俺ら二人だけが取り残された……いや、みんな気を使ってくれたんだろう。

 

 それを知ってなのだろうか瞳は黙って下を俯き、俺は何となくさっき静まった胸の鼓動が

 

 また高鳴り始めた……。

 

 ガサッと薪が崩れる音がした。暖炉の炎はまだ強ったけど、何気なく

 「薪足そうか」と呟いた。瞳は「うん」と軽く頷く。

 薪置きの棚から薪を取り出し暖炉に放り込む。暖炉の炎は乾いた薪を包み込んで行った。

 炎は一段と強くなりその熱は俺の躰(からだ)にまといつく様に放たれる。

 「……磨緒くん」瞳が静かに俺の名を呼んだ。

 振り向くと瞳が椅子から立ち上がり「そっち行ってももいい?」と小さな声で言う。

 「ああ」少し照れながら瞳に返した……そして、俺らは二人肩を寄せ合うように暖炉の前に座りこんだ。赤く薪を包み込む炎を眺めながら………

 ボーとしながら一言「なぁ瞳、東京どうだった……」と呟く様に瞳に話しかけた。

 瞳は少し間をおいてちょっと照れ臭そうに

 「んー暖かった。でもね、ちょうどラッシュに巻き込まれて大変だった」

 「そうか……」「うん」と小さく返す。

 そして……「磨緒くんの……私が行く高校に行ってきたの。正式に行く事、学校に連絡したら教頭先生から出来るだけ早い時期に一度学校に来てもらいたいって言われたから……それですぐに行く事になって……」

 「教頭、あのはげ頭のメガネザルに呼ばれたのか」

 「ひどぉい、はげのメガネザルなんて、とっても優しい人だったわよ」その後「ぷっ」と瞳が噴出した。

 「でも今思えば似てるかも……メガネザルに」

 「だろぉ、そのものじゃん」

 二人そろって少し笑った……その後

 「……磨緒くん、明日帰っちゃうんだ」

 「まぁ、そうなっちまったなぁ」

 「そっかぁ……、もう一か月近くこっちに居るもんね。学校もあるし、それにお姉さんも迎えに来たんでしょ」

 「まぁな……」

 帰ると言う言葉を訊くたびに胸が痛む……

 「寂しくなるなぁ……」

 ちょっと顔を上げて暖炉の炎を見つめながら瞳が言う。

 「うん、でも帰る前にもう一度瞳に合う事が出来て物凄くうれしかった。もう……俺、瞳と会う事が出来ないんじゃないかって思っていたから……」

 「馬鹿ねぇ、あと少ししたらあっちで会えるじゃないの。それも毎日のようにね」

 俺は大声で言い返してやりたかった。

 

 だってそれを訊いたのはさっきだったじゃないかって………

 

 

 「それはそうと磨緒くん、単位取れそうなの?こんなに休んじゃって大丈夫?あ、もしかしてまた2年生やる気満々なんでしょう」

 瞳がちょっと悪戯っぽく言う。

 「あのなぁ、これでも一応俺赤点はとった事ないんだけど……まぁ、しいて言えば出席日数かなぁ。今回こんだけ休んじゃったしなぁ。まぁ後は担任と要相談てなとこかな。多分、遅れた分補習でカバーすんじゃない」

 「あら、えらいわねぇ、やることはやってるみたいで……」

 「なんだよ、もう先生気取りかよ瞳」

 クスッと瞳が笑った。

 その後、気を取り直したかのように

 「でも磨緒くんのいる学校、生徒達みんな良かったなぁ。なんかイキイキしてるって言うかほんと皆輝いていて、なんだか私もあの頃の事ちょっと思い出しちゃったなぁ」

 「何なら先生辞めて俺らと一緒に生徒やる?」

 

 「馬鹿ぁ」ポンと瞳の手が俺の頭を軽くたたいた。俺はその手首を掴み、瞳の体引き寄せてキスをした。「あっ」と一言声漏らし、瞳の腕が手が優しく俺を包み込んだ。

 お互い激しさは感じなかった。

 ただ唇を重ね合わせるだけの、瞳の柔らかい唇が俺の唇と重ね合うだけの……優しいキス。それでも脈打つ鼓動は高鳴りを感じさせた、俺の鼓動は瞳に伝わり瞳の鼓動が俺に伝わってくる。まるで二つの鼓動が反響し合うかのように……

 時間はその時だけ止まっていたんだと思う。

 お互いに感じる鼓動を受け止めながら次第にあふれ出す想いを止めたくはなかった。それでも不思議と心は気持ちは落ち着いている、ただ二つの唇が優しく触れ合うだけで二つの心は一つになったような感じがしていたのだから……

 だから……時間は止まっていたんだと思う。その時だけの時間が止まっていたんだと思う。

 

 いつしか細かい雪は止んでいた。その代わり、ふありと舞い落ちるような綿雪が降っていた。静かでゆっくりとした二人の時間が暖炉の炎ごしに過ぎて去って行く。いつまでもこの時が続くことを俺は願いながら……俺ら二人はお互いの体を寄せ合った。

 

 明日俺と麻美ねぇは午後の新幹線で東京に帰る。

 今の俺はただ、瞳とこうして寄り添う事だけで十分に満たされていた。そして瞳もその体を委(ゆだ)ねるように俺にその身を添わせている。

 

 どれだけの時間が流れたんだろう……瞳はさっき家に帰った。明日俺らを駅まで送ってくれることを約束して。そしてもう一つ、午前中に見せたいものがあるらしい、だから少し早めにここを立つ。それが何かはその時のお楽しみだそうだ。

 

 部屋に戻ると、空になったワインボトルをテーブルに置いてすやすやと麻美ねぇは眠っていた。

 ここで過ごす最後の夜。

 6年ぶりに訪れた秋田、忘れかけていたあの人の事をまた鮮明に思い出させてくれた。俺の唯一の味方である瞳ねぇ……「瞳」を。

 物心ついた頃には瞳の存在は俺にとって大きな存在、とても大切な人だった。彼女はこの俺をいつも優しく包んでくれていた。瞳がいたから、瞳という存在が俺の中に合ったから辛い時も、悲しい時も耐える事が出来ていたんだ。

 今思えば、俺はその頃から……「愛?」幼過ぎてその気持ちを味方という事で収めていたんだと思う。だって、あの頃はこの秋田に来ればいつも傍にいてくれたんだから……

 

 俺は思った、スキー場で瞳に助けられたのも偶然じゃなかったんだと。

 幼過ぎて解らなかった想いはようやくあの時俺に回答をくれたんだと思う。6年ぶりに出会い、6年ぶりに観たその姿は俺が覚えていた瞳とは違っていた。いいやむしろ俺が追い求めていた瞳の姿そのものだった。だけど実際の姿はおかっぱ頭の瞳しか記憶になかった。

 

 入院している時、見舞いに来てくれた瞳に「付き合わない?」と口にしたのは何も思い付きで言ったんじゃない。俺だって確かに付き合っていた?と言えるんだろうか解らないけど彼女と呼べる人がいたことは事実。天然日干しだったのとは違う、だからその…綺麗になっていたからとか俺が追い求めていた姿に変わっていたからとかじゃなくて、ずっと前から従姉という存在を超えた女性として想っていたんだから……

 素直な気持ちだったんだろう。そうでなければこんなに苦しくはならいと思う。たったの一か月、一か月も過ぎていないのにこんなに人を好きなることが苦しい事なんて……知らなかった……思えば思うほど苦しくなる、そして居た堪れなくなる。

 この気持ちを俺は始めて知ったんだろう……多分

 

  

 

 もう瞳は家に着いただろうか?そんなことを考えながら俺は眠りについた。

 ほんの数日会えなかっただけなのに、何年も出会えなかった様に感じる瞳に、ようやく出会えた嬉しさを押し殺しながら…………その日は終わりを告げた。

 

 次の日、窓辺にさす陽の光は一面の雪を輝かせ、窓の氷を少しずつ溶かし始めていた。