奇襲、そして……さようなら Ⅲ
トライアングルサーバー・エイジェンシー
その頃霧崎とその姿を現した ラ・イルヴェィズはある計画を実行すべくその準備に追われていた。
アンジェが飛び立った後、 ラ・イルヴェィズは霧崎に進言する。
「彼女一人ではこの軍勢には太刀打ちできまい。いかにあの機体が高性能であり、戦闘能力にたけていたにせよその結果は火を見るより明らかだ」
「ではどうすると言うのだ。何か策でもあると言うのか」
ラ・イルヴェィズはその表情を少し崩し
「ここを廃棄する」
「破棄……」
「ああそうだ、ここにあるグラビティユニットを暴走させる。いわば17年前と同じ状態にさせると言う事だ」
「だが、そうなればその影響は多岐に波及するのでは」
「そうだ、もしかしたらこの時間軸自体の崩壊を招くかもしれない。だが、ここで奴らに負ければいずれにせよこの時間軸は崩壊されるだろう」
そして一言付け加えるように
「君ならどちらを選ぶミスター霧崎。完全に崩壊されるのを待つのか、それとも……僅かだが、未来と言う希望に全てを捧げるのか」
霧崎はその答えを返さなかった。
「私はね、この世界、この時間軸世界に来てから知ったのだよ。なぜ、この世界の人類が未来と言うものを描くかと言う事に。
我々には本来、未来と言う言葉も思いも存在はしなかった。それゆえに今、その時点に起こりうることに対してだけ目を向け、そして終わればまたもとに戻る。その繰り返しを永遠と終わることなく繰り返してきた。
しかし、すべての時間軸世界、いいや一つの時間軸と言う世界には終わりがある。その終わりの意味するものをこの世界で私は知ったんだよ。私の妻があの世界で消滅したのと同じように」
それは愛する者への、その生きた証としてのメッセージであることに
だから人は未来を繋ぎ、その思いを永遠のものにする。
それがどんなに辛く、そして苦しい事でも……
「それを我々は愛と言う」
霧崎がラ・イルヴェィズにいう。
「ふっ、そうだ。私はその愛と言う言葉に惹かれてしまったのだよ。霧崎。君は彼女アンジェ・フィアロンの想いをすでに知っているはずだ。そして君自身も彼女へのその気持ちを彼女以上に抱いていることも」
ならばその命を今愛する者に捧げるために戦う彼女の想いを未来へと繋げるために、我々はその使命を遂行しなければならない。
「アンジェ……」
霧崎の目には一筋の涙がこぼれていた。
「そうだやるしかない、今俺たちが出来る事のすべてを……」
「うむ」ラ・イルヴエィズは頷く。
「すでに一般の居住員へのシェルターへの避難は完了している。あとはグラビティユニットをパージさせるタイミングをいつにするかだ。それともう一つ問題がある」
「その問題とは?」
「それは君たちだよ」
「俺たち……」
「そうだ、君は何が何でも本国に帰りあの機体ミクトランシワトルを完成させなければならい。そうしなければ今彼女があの機体を操縦することもなかったことになりかねない。この時間軸の流れはもうすでに崩壊が始まっている。いや、時の流れ自体が変化をしているのだ。
その流れを保ためにも必ずあの機体を完成させる、そして我々と戦うと言う行動を起こさなければならない。そうしなければこの時の流れはまた大きく変動する。それはこの時空世界を消滅させなければならないと言う我々の決断に導かれるからだ」
「つまり俺はもうすでに決まっている未来と言う世界を繋げなければならないと言う事か」
「そうだ、今ここでそれが終わればこの世界の未来は閉ざされることになる
彼女、アンジェ・フィアロンの為にも、そして君自身のためにも」
ラ・イルヴェイズはクロノスに静かに語り掛けた。
「クロノス、我々はこの施設のすべてを破棄することを決めた。まことに残念だが今回ばかりは君のコアサーバーもその範囲に該当する。
君のデータ及び存在思念は全てアメリカのサーバーウーラノス、そして日本のイーリスが受け継いでくれるだろう。本当に残念だ。
そして今まで我々を陰ながら支えてくれたことに感謝の念を敬する」
ミスターウォルター。いいえ、ラ・イルヴェイズ。私は貴方がたの存在をすでに関知しておりました。そしてこの時点でのこの施設の終末自体予測していた事です。
何もあなた方が気に病むことはありません。私は私の使命を最後まで守り通す事にあります。17年前のあの事故から私のメインプログラムはあるサーバーによって大きく書き換えられました。
それは他のサーバーには感知されず、そして私自身が独自で判断した行為でもあります。そして私はこの世界の時間をまた取り戻すべくあなた方を召喚させたのです。
この行為は私達バイオサーバーの基本行為からは逸脱した行為とも言えましょう。しかしそれが私に課せられた最終的な存在の目的でもあったのです。
「ふっ、君は最高のエージェントだったよクロノス」
ミスター霧崎、貴方に一つだけお伝えしなければいけないことがあります。
「それはなんだクロノス」
のちにあなたは日本の研究所に現在在籍している研究員「七季雫」と言う青年と出会う事になるでしょう。
彼は私達バイオサーバーの最高位権限者です。彼の使命はこの時間軸世界の未来を繋ぐこと、そして彼が選択する未来こそがこの研究における最終結果をもたらすと言う事を覚えていてください。
それとミスター霧崎、アンジェ・フィアロン、彼女はとてもいい子ですよ。あなたの事を想いそして……
クロノスは霧崎との会話を止めた。
そして……
私はクロノス時と時空を管理するサーバー、その使命をこれから遂行します。
グラビティユニットパージまであと15秒……10……5,4,3,2,1、パージ……
……さようなら、この人類の人々
それがクロノスの最後の言葉だった。
グラビティユニットは臨界点を超えその制御システムは全て解除された。
一瞬にして巨大な時空波動がこの研究所全体を包み込んだ。
上空にあのリングが形成され時空ゲートが開かれる。
ありとあらゆる物体がそのゲートめがけて急速に吸い込まれていく。アイパルーヴィクの軍勢は瞬く間にその時空ゲートに飲み込まれる。そしてそれはアンジェが搭乗するミクトランシワトルも例外ではなかった。
対抗戦確率あと20%
ウーラがアンジェに告げる。
「もういいわ、ウーラ。あと5分も持たないんだもの。ありがとう」
小さなオルゴールから奏でられる曲を静かに聞きながら、アンジェは言った。
不思議とアンジェの心は穏やかだった。これから自分は、あと少しで自分の命が消えると言うのになぜか物凄くアンジェの心は幸せで満ちていた。
敵の攻撃を受けながらその機体はすでに原型をとどめていないくらい破壊されつくし、宙に浮いていることがやっとの状態だった。その時、今まで受けていた衝撃波が一斉に止んだ
前方百キロ地点に時空ホールが形成されました。敵アイパルーヴィクが時空ホールに飲み込まれて行きます。かけ残ったパネルにアイパルーヴィクが時空ホールに飲みこまれていくのが映し出された。
「どういうことなの……」
この施設にあるグラビティユニットをパージさせたのでしょう。それにより巨大な時空ホールが形成されその中にすべてが惹き込まれているようです。
「グラビティユニットをパージした。それはこの研究所の崩壊を意味しているんじゃないでしょうね」
そうです。もうすでにこの研究所の機能は停止しています。クロノスはその任務を果たしたようです。
「裕也は、彼は……」
詳細はこの状況ではわかりません。
「そ、そんな……裕也、裕也………」
アンジェは泣き叫び霧崎の名を叫んだ。
まもなく時空ホールがパージされます。衝撃に備えてください。
巨大な宙に浮くリングは急速に縮小していった。その縮小するリングの端の方で引き寄せられるようにミクトランシワトルの機体は吸い込まれていく。
「いやぁーー裕也、裕也が生きていなければ意味がない。何のために私は、私は……」
リングは上空で一つの点となり、一つの白い柱がそびえたった。そしてその柱は下から上に昇るように消えていく。オレンジ色をした空間だけが光り輝き、その中にキラキラと光る雪の様に舞う粒子が漂っていた。
その地表には無残に撃ち抜かれたミクトランシワトルの機体だけが横たわっていた。
偵察機がその荒れ果てた荒野を映し出す。
このオーストラリアの研究所が消滅した事実は世界中の研究所に衝撃を与えた。その事実は世界中の一般の人々には、事故であると報じられる。
実験中におきた事故であると。
霧崎たちはシェルターの中でその映像を見つめた。そして偵察機は無残な姿で地表に横たわるミクトランシワトルの姿を映し出した。
「ミクトランシワトルだ」霧崎は叫ぶように言う。
その変わり果てた機影を目にしながら
「アンジェは、アンジェは……」と何度も彼女の名を呼ぶ。
「奇跡だ。あの機体だけが吸い込まれなかったんだ」
ラ・イルヴェイズは驚いたように言う。
南西におよそ150キロの位置。ミクトランシワトルが発見された位置だ。
「今すぐ向かおう、今すぐアンジェを助けなければ」
気を急ぐ霧崎にラ・イルヴェイズは言う。
「貴方では無理です。今はまだ磁界粒子の濃度が高い。生身のあなたがそれに触れると言う事は瞬時に死を意味します。我々はこの磁界粒子には影響されない。私が行きましょう。必ず彼女を助け出す事を約束します」
霧崎は両の手を握りしめ
「解った。頼む」と一言言った。
霧崎はミクトランシワトルの構造をラ・イルヴェイズに説明した。
「それではコックピットだけを切り離すことが出来ると言う訳ですね」
「そうだ、ハッチを開けなければコックピットの気密性は保たれる。そうすれば磁界粒子に触れることなく連れてくることが出来るはずだ」
「解りました。最善を尽くしましょう」
彼がこのシェルターを出てから半日が立った。今までラ・イルヴェイズからの連絡は来ない。もう日没になり偵察機はその姿を映し出す事は無かった。
瓦礫の廃墟となったこの地を歩むのはかなりの困難な事であることは霧崎も理解している。だが霧崎の心中は焦りばかりを感じていた。
無事でいてくれることだけを願いながら……
ラ・イルヴェィズがこのシェルターに戻ったのは明け方近くになってからだった。
車両のハッチを開け彼のその姿をこの目にした時俺はその姿に目を疑った。
彼の躰からは我々と同じ赤い血が至る所からにじみ出ていた。
「どうしたんだその体は」
ラ・イルヴェィズは弱り切った声で
「少し問題があったみたいだ。私は長い時間君たち人類に帰化しすぎていたようだ。この躰はもう以前の私の体から君たち人類の躰へと変化していたようだ。こんなことは今までなかったのだが……」
彼の息は荒い、その苦しい表情は否が応でも伝わってきた。
「霧崎、約束通り彼女を連れて帰って来た。しかしハッチを開け彼女の生存を確認することは出来なかった。すまん……」
「いや、礼を言うのはこっちの方だラ・イルヴェィズ。君はこんなにも危険を冒してまでアンジェを救いに行ってくれた。感謝する」
「そんなことはどうでもいい、早く彼女を見てやってくれ」
「解った」
後部の荷台に積み込まれた球体、これこそがミクトランシワトルの中枢でありそして、パイロットの生命を守る唯一の砦なのだ。
緊急用の脱出コックをまわす。エアーと共に幾分の水蒸気がハッチの隙間からあふれ出た。
そしてメインハッチが静かに降下する。
そこにはバトルシートの上に倒れ込みあのブロンズの長い髪がハンドルを覆う様にうつぶせになったアンジェの姿があった
「アンジェ、アンジェ」
大声でアンジェの名を呼ぶが彼女は反応しない。コックピットに入り込み彼女の脈をとる。その触れる肌はまだ暖かかった。しかし、彼女の脈は触れなかった。
静かに彼女の躰を抱きかかえた。
その時霧崎は感じた。
既にその躰からはアンジェ・フィアロンが消えうせている事に……
「霧崎彼女は大丈夫か」ラ・イルヴェィズが問う
その声に霧崎はアンジェを抱き抱えたまま彼のもとにその亡骸を見せた。
「すまん君が命を張ってアンジェを連れ帰ってくれたんだが、彼女はもう……」
「そうか……残念だ」
ラ・イルヴェイズは、そっとアンジェのその額に手を添えた。
彼はその手を止め
「彼女の両親は……」
「アンジェには親はいない、孤児院の前に生まれてすぐに置かれていたらしい……いや、確かアンジェの父親はあのフィアロン財閥の総帥そして、母親はそこに従事していたメイドだと報告されている」
「そうか、いささか我々の仲間が過ちを犯してしまったようだ」
「あやまち……それは」
「彼女は我々と同じ人類の血が流れているようだ。おそらく彼女の母親は私たちの仲間が帰化していたのだろう。そして恋に落ち彼女を身ごもった」
「だがその母親はその後すぐにデス・キラーにて死亡が確認されている」
「デス・キラーか。これは病気でもなんでもない。ただのこの時空間でのつじつま合わせに過ぎない」
「つじつま合わせ?」
「そうだ、この時間軸の流れはすでにゆがみ切ってしまった。そのゆがんだ時間の流れにおいて現在は存在しているが過去ではその存在が否定されている人類を消す事象いわば自然現象なのだ。
我々はこの時間軸のゆがみを修正すべくこの研究所の力を利用していた。実験と言う名目で」
「それでは今この世界にはその存在が否定される人類がいると言う事なのか」
「そう言う事だ。彼女アンジェは今肉体と精神が分離されている状態にある。これは我々人類が持つ特殊な能力とでもいうのかもしれない。
私たちの女王がこの世界にその心を宿した様に彼女の精神はあの時空ホールによって別な時空間へと飛んでしまったのだろう。
だとするならば、彼女の今のこの状態は私には理解ができる。私たちからすれば彼女は今仮死状態であるのと同じであるのだと言う事を」
「ならば、アンジェは助かるかもしれないと言う事なのか」
霧崎はラ・イルヴェイズのいう仮死状態であると言葉に希望を持った。
「可能性はあるかもしれない。だが時間はあと残り少ないことは確かだろう」
「どうすれば、アンジェは助かるのだ。教えてくれラ・イルヴェイズ」
「彼女と私を並べて寝かせてくれないか」
霧崎はアンジェの亡骸をそっと床に床に寝かせ、ラ・イルヴェイズの体を起こし、アンジェの横に寝かせた。
「これから私の精神を彼女に融合させる。そうすれば彼女の精神は復活するだろう彼女自身の精神として。
我々は融合することによりその魂を伝え続けてきた。彼女は少なからずも私たちの血を受け継いでいる可能性はゼロではないはずだ」
「精神を融合した後のあなたは……」
「もう、この躰は限界がきているようだ。私は彼女の中でその精神を繋ぎ生きて行くことになる」
「ラ・イルヴェイズ……」
「私は君たちに出会えてよかったと思うよ。最後に一つ私の願いを聴いてもらえないだろうか」
「……」
「私達の女王……いや私が愛した妻が想い描いた世界をこの世界で繋いでほしい」
「……解った約束しよう。ラ・イルヴェイズ」
「ありがとう……それでは……さ……」
その後ラ・イルヴェイズの躰は静かに消えていった。
アンジェの心臓は再び動き始めた。
ただ、その姿は少し変化してしまった。
あの頃、俺が始めてアンジェと出会ったあのサーカス小屋にいた頃の幼さを感じるアンジェへと戻った様だった。
アンジェが再び目を覚ましたのは、それから10日後の事だった。
目を覚ましたアンジェはきょろきょろと周りを見て一言俺に言った。
「ここは何処なの?そして……あなたは誰なの……」
オーストラリアのあの赤茶けた砂漠の色とは違う砂を巻き上げ、果てしなく続くロードをひたすら目的地に向けそのコンボイは走っていた。
頭は少しぼさぼさで、それでいて、そのいでたちはいつぞやかヒットした映画に出てくるあの考古学者の様な姿。
そんな男が運転するその助手席には、つややかなブロンズの長い髪を持つ女の子が、もうこの景色は見飽きたと言う表情で、シートを倒し寝そべっていた。
「ねぇ、一体いつになったら着くの。私、退屈で死にそうなんだけど」
彼女はふてくされた様に、コンボイを運転している男に話しかけた。
彼は、ちらっと横目で彼女を見ると
「もう少しで着くさ」
「ねぇさっきから、もう少し、もう少しって言ってるけど、本当、いつ着く予定なの」
「さぁなぁ。おっきな建物の防護壁が見えたら、そこが終点だ」